2025.12.26
laco
ジン・デポ 神戸三宮店
なぜ時計愛好家は探し求めるのか?生産終了モデル「ラコ Bell X-1」に隠された5つの物語
なぜ時計愛好家は探し求めるのか?生産終了モデル「ラコ Bell X-1」に隠された5つの物語

序論:コックピットから腕元へ
パイロットウォッチは、単なる時間を知るための道具ではない。それは大空への挑戦の歴史から生まれた、機能的な計器そのものである。中でもドイツのラコ(Laco)は、第二次世界大戦中にIWCやA.ランゲ&ゾーネなどと共に、ドイツ空軍に「B-Uhr(観測時計)」を納入したオリジナルの5社の一つとして、その血統は折り紙付きだ。
多くのモデルがそのWWII期のデザインをルーツに持つ中で、ラコが生み出した、今や生産終了となった一本の時計が異彩を放っている。「Bell X-1」(モデル 861907)。この時計は、WWIIのプロペラ機時代を超え、人類が初めて音速の壁を破った歴史的瞬間をその腕に刻み込む。
正規店ではもう手に入らないこのモデルに、なぜ時計愛好家は惹きつけられるのか?その魅力の裏には、5つの魅力的な物語が隠されている。
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1. 腕に巻く「音速の壁」:単なる時計ではない、歴史へのトリビュート
この時計の名は、歴史上初めて水平飛行で音速を突破した実験機「Bell X-1」に由来する。
1940年代、航空工学の世界は「音の壁」という未知の障壁に直面していた。航空機が音速に近づくと、機体が激しい衝撃波によって空中分解するのではないかと恐れられていた時代だ。その壁を破るべく開発されたのが、**「.50口径機関銃弾」**をモデルにした鮮やかなオレンジ色のロケットプレーン、Bell X-1だった。
そして1947年10月14日、チャック・イェーガー大尉は、愛妻の名を冠した**「グラマラス・グレニス(Glamorous Glennis)」**号の操縦桿を握り、人類の夢を乗せて音速を超える。この時計は、プロペラからジェット、そしてロケットへと続く航空史の転換点となった、その革新とスピードへのトリビュートとして設計されたのだ。
その証として、ケースバックには「FIRST SUPERSONIC FLIGHT 14.10.1947 BELL X-1」の文字が刻印される。さらにその周囲には**「ALL STAINLESS STEEL」「SAPPHIRE CRYSTAL」「5 ATM」**といったスペックが刻まれ、この時計が単なる記念品ではなく、実用的な計器であることを静かに主張している。

2. デザインは「計器」から:無駄を削ぎ落とした機能美の結晶
Bell X-1のデザイン哲学は、実際の航空機のコックピット計器を忠実に再現することにある。華美な装飾は一切なく、すべては機能のために存在する。
- ケース: 直径42mmのステンレススチール製ケースには、マットブラックのPVDコーティングが施されている。これは、コックピット内で計器パネルの光の反射を抑えるための工夫を模したものだ。ステルス機のような精悍な外観は、同時に表面硬度を高め、傷に対する耐性も向上させている。厚さ12.8mm、ラグからラグまで50.0mmというサイズ感は確かな存在感を放ち、**5気圧(5 ATM)**の防水性能が日常使いでの信頼性を担保する。
- 文字盤: 文字盤もまた、光を反射しないマットブラック仕上げ。最大の特徴は、伝統的なフリーガーウォッチ(Type A)が1から11までの数字をすべて配置するのに対し、「3, 6, 9, 12」の4つの大きなアラビア数字のみを大胆に配した点だ。このレイアウトは、専門家から**「8日巻きの航空機パネルクロックをそのまま腕時計にしたようだ」**と評されるほど、特定の計器デザインに着想を得ており、パイロットがどんな状況下でも一瞬で時刻を読み取れるよう、視認性を極限まで追求した結果である。
- 夜光塗料: パイロットウォッチに不可欠な夜間視認性も抜かりはない。針、主要な4つの数字、そしてバーインデックスには、高品質なスーパールミノバC3が塗布されている。暗闇では鮮やかな緑色に力強く発光し、昼夜を問わず最高の視認性を確保する。
- 風防: 風防には、フラットなサファイアクリスタルが採用されている。高い耐傷性を誇り、歪みのないクリアな視界を確保することは、パイロットにとって不可欠な要素だ。

3. 意外な心臓部:信頼性の高い「ワークホース」と、その興味深い個性
この時計の心臓部を担うのは、「Laco 21」と名付けられた自動巻きムーブメント。そのベースとなっているのは、日本のミヨタ(Miyota)社製キャリバー「821A」である。
このムーブメントは、高い耐久性と信頼性から「ワークホース(馬車馬)」と評される一方、時計愛好家を少し驚かせる3つの個性的な特徴を持っている。
- ハック機能の有無: 時刻を秒単位で正確に合わせるための「ハック機能(秒針停止機能)」だが、初期のモデルには搭載されていなかった。ミヨタが2018年~2019年頃にムーブメントをアップデートしたため、生産終了間際の個体にはハック機能付きのものも存在する。これは中古市場で探す際の興味深いチェックポイントとなる。
- ゴーストデート: Bell X-1の文字盤には日付表示がない。しかし、ベースムーブメントには日付機能が備わっている。そのため、リューズを一段引くと日付を変更する「カチカチ」という感触だけが残り、見た目には何も変わらない。この現象は「ゴーストデート」と呼ばれ、この時計の面白い出自を物語っている。
- 秒針のスタッター: ムーブメントの構造上、時計に衝撃が加わると秒針が一瞬止まったり、飛んだりするように見えることがある。これは「スタッター」と呼ばれるこのムーブメント特有の挙動であり、故障ではない。時刻の精度自体には影響しない、個性的なクセの一つだ。
4. 三部作の一つ:知られざる「コックピット」シリーズ
実は、Bell X-1は単独で生まれたモデルではない。航空史のマイルストーンを記念して作られた「コックピット」三部作の一つなのだ。
- Spirit of St. Louis: 1927年、チャールズ・リンドバーグの大西洋単独無着陸横断飛行を記念したモデル。
- Ju 52: 1930年代に活躍したドイツの輸送機、ユンカースJu 52へのトリビュート。
- Bell X-1: 1947年の音速突破を記念したモデル。
この三部作の中で、Bell X-1は最もモダンで、計器としての純度が高いデザインを持つ。他の2モデルがクラシックなプロペラ機時代のノスタルジーを感じさせるのに対し、Bell X-1はセンターセコンド(中央の秒針)を採用し、ロケット時代のシャープで冷徹な機能美を体現している点で際立っている。

5. 生産終了がもたらした希少価値
Laco 861907 “Bell X-1″は、すでに生産を終了しており、正規のルートで新品を入手することはできない。だが、その価値は単なる希少性だけではない。この時計が占めていたユニークな市場の隙間こそが、その価値を支え続けている。
当時の国内定価は約105,840円(税込)。この価格帯で、PVD加工されたケースと専門的な計器スタイルの文字盤を両立させた本格ドイツ製パイロットウォッチは、他に類を見なかった。例えば、同じく計器デザインを持つSinnの「556 A」はより高価格帯であり、ラコの現行エントリーモデルにはこの特別な組み合わせは存在しない。
つまり、Bell X-1は「手の届く価格で、特別な物語とデザインを持つ」という代替の効かない存在だったのだ。このため、二次流通市場(eBayやメルカリなど)では状態の良い個体が定価かそれ以上の価格で取引されることも珍しくなく、単なる中古品ではなく、価値あるコレクターズアイテムへと昇華したことを意味している。
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結論:物語を腕にまとうということ
ラコ Bell X-1は、時間を知る以上の価値を持つタイムピースだ。それは人類が未知の領域へ踏み出した歴史的偉業への敬意であり、機能性を突き詰めた計器デザインの結晶であり、そして今や手に入れることが難しくなった希少なコレクターズアイテムでもある。
この時計を腕にすることは、一つの物語をまとうことに他ならない。
もしあなたが歴史の一片を腕に着けるとしたら、それはどんな物語ですか?
laco
861907 PILOT COCKPIT BellX-1 パイロット コックピット ベルエックスワン
Ref:861907
¥107,800 (税込)
製品特徴
航空機発展の歴史とLacoのものづくりへの情熱。このふたつは親和性が高く、航空機発展の偉業をたたえ、大空へのロマンを演出するモデルを「コックピットシリーズ」として、リリースしています。1947年のチャック・イェーガーによる世界初の有人超音速飛行という航空機のエポックメイキングを日付とともに刻印したモデルは、航空機ファンを魅了する仕上がりとなっています。
製品仕様
ムーブメント:Laco18自動巻 (Miyota 8218)
ケース:ステンレススティール (マットサンドブラスト/PVDブラック)
ガラス:サファイアガラス
ベルト:ナイロンストラップ (グレー)
ケースサイズ:直径42mm/厚み13mm
ベルトサイズ:幅20mm
防水:5気圧
機能:スモールセコンド、ルミナス加工 (インデックス/針)、刻印 (裏蓋)
販売店舗
ジン・デポ 神戸三宮店
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神戸三宮『ジンデポ神戸三宮 by 時計のミヤコ』
/ 他の時計店と違い、あまり見られない珍しいブランド腕時計のセレクトショップです。
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