2025.12.17
Sinn
ジン・デポ 神戸三宮店
ジン717:ただの腕時計ではない、戦闘機の計器が持つ3つの驚くべき物語

ジン717:ただの腕時計ではない、戦闘機の計器が持つ3つの驚くべき物語
導入部:イントロダクション
「パイロットウォッチ」と聞くと、多くの人が空へのロマンや洗練された計器デザインを思い浮かべるでしょう。その魅力は多くの時計愛好家を惹きつけてやみません。しかし、世の中には単なる「スタイル」としての航空時計を超え、本物の軍用計器としての歴史を持ち、信じがたい物語をその身に宿すタイムピースが存在します。
この記事でご紹介するジン(Sinn)のモデル「717」は、まさにそのような特別な一本です。それは、ただのデザインではなく、戦闘機のコックピットから生まれた本物の計器そのものです。これから、その背景にある3つの驚くべき事実を解き明かしていきましょう。

1. これは腕時計ではない。本物の戦闘機計器そのものだ。
モデル717は、腕時計というよりも「腕に装着するコックピット計器」と呼ぶのがふさわしいでしょう。その直接の祖先は、1970年代にドイツ空軍の戦闘機「トーネード」計画のためにジンが開発した、本物のコックピットクロック「Nabo 17 ZM」です。「Nabo」はドイツ語の「Navigation Borduhr」(機上ナビゲーションクロック)、「ZM」は「Zentralminute」(中央分計)を意味します。717は、この歴史的な軍用計器の設計思想と機能を、腕時計というフォーマットに忠実に翻訳したモデルなのです。
この時計の最も重要な特徴は、クロノグラフの分針が一般的な小さなサブダイヤルではなく、文字盤の中央に配置されている「センターミニッツカウンター」です。これは単なるデザイン上の選択ではありませんでした。当時のドイツ連邦国防技術調達庁(BWB)が数あるメーカーの中からジンを選定した理由は、ジンがこの機能を提供できる唯一のメーカーだったからです。高いGや激しい振動にさらされる高ストレス下のパイロットにとって、小さなサブダイヤルを読み取ることは認知的な負担となり、致命的な誤読につながるリスクがありました。経過時間を示す秒針と分針を、共に中央に大きく配置することで、パイロットは一瞥するだけで瞬時に、かつ直感的に時間を把握できる。この人間工学に基づいた解決策こそが、BWBがジンを選んだ核心であり、「機能がフォルムを決定する」という哲学の完璧な体現なのです。
多くの時計が航空の「美学」を模倣する中で、717は特定の軍用計器が持つ「機能性」そのものを継承しています。この一点において、717は他のいかなるパイロットウォッチとも一線を画す、ユニークで本質的な存在と言えるでしょう。
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2. その伝説は、悲劇的な墜落事故の炎から生まれた。
もしNabo 17 ZMが単に信頼性の高い計器であったなら、その物語は歴史の中に埋もれていたかもしれません。しかし、一つの悲劇的な事件が、この計器を不滅の「伝説」へと昇華させました。
1980年4月16日、ドイツ空軍のトーネード試作機が墜落し、機体は完全に破壊され、搭乗していた2名のテストパイロットが亡くなるという痛ましい事故が発生しました。絶望的な状況の中、事故調査団は残骸の中から驚くべきものを発見します。それは、コックピットに搭載されていたNabo 17 ZMでした。
その時計は、致命的な墜落にもかかわらず、ほとんど無傷であり、しかも完璧に作動し続けていた。
これは、管理された実験室でのテスト結果などでは決して証明できない、究極の品質証明となりました。予期せぬ、そして最も過酷な現実世界での試練を乗り越えたのです。しかし、物語はここで終わりません。この奇跡的に生還した時計は、事故調査に関わった元空軍士官のフォルクハルト・ロートヴァイラー氏の手に渡り、数十年にわたって大切に保管されました。そして時が経ち、84歳になったロートヴァイラー氏は、この歴史的な遺物をあるべき場所へ還すべきだと決意します。彼はジンの現オーナーであるローター・シュミット氏に連絡を取り、この時計が辿った数奇な運命を伝えたのです。
こうして、伝説のNabo 17 ZMはフランクフルトのジン本社へと帰還しました。この「物語を持つ」現物の帰還こそが、モデル717開発の直接的な引き金となったのです。それは奇跡ではなく、歴史への敬意を持った一人の人物による、意図的な歴史的遺産の継承でした。

3. 戦車のように頑丈。なのに、着け心地は驚くほど良い。
モデル717は、その伝説にふさわしい、圧倒的な堅牢性を備えています。その「オーバースペック」とも言える頑丈さは、ジンの先進技術によって支えられています。
- テギメント加工+ブラック・ハード・コーティング: これは単なる表面コーティングではありません。まず、ステンレススチール自体の表面を硬化させるジンの独自技術「テギメント加工」により、通常の約7倍の硬度(約1200ビッカース)を実現します。その上で、このすでに超硬化された下地の上に強靭なブラック・ハード・コーティングを施すのです。この二段階の防御により、柔らかい金属に直接コーティングした場合に起こりがちな「エッグシェル効果(下地が凹むことでコーティングが割れる現象)」を防ぎ、傷に対する絶大な耐性を誇ります。
- Arドライテクノロジー: これは時計内部を湿気から守るための三位一体のシステムです。1) ケース内部に不活性ガスを充填し、乾燥した安定状態を維持。2) 特殊なドライカプセルが内部に侵入した僅かな水分を吸収し、水分量に応じて色が変化することでメンテナンス時期を知らせます。3) 高品質なEDR(Extreme Diffusion-Reducing)パッキンが、外部からの湿気の侵入を極限まで抑制します。これにより風防の曇りを防ぎ、ムーブメントを長期的に保護します。

これだけの堅牢性を持ちながら、717は直径45mmという大柄なサイズにもかかわらず、多くのユーザーがその装着感の良さに驚きます。その秘密は、時計の縦の長さである「ラグ・トゥ・ラグ」が48mmと、ケース径に対して極めて短く設計されている点にあります。この人間工学に基づいた設計は、スペック上の数値を裏切る驚くほど快適な装着感を実現しており、まさにその巨体に似合わぬ装着感は、設計上の妙技と言えるでしょう。究極の頑丈さと、日常的な使用を考慮した優れた装着感。この両立こそ、ジンのツールウォッチとしての哲学を完璧に体現しています。
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結論:まとめ
ジン717は、単なる腕時計ではありません。それは、3つの特別な物語を持つタイムピースです。
- 本物の戦闘機計器を祖先とし、ジンの独占的な技術力によって生まれた機能性を忠実に受け継いでいること。
- 致命的な墜落事故の炎の中から生還し、一人の元士官の数十年にわたる保管を経て、その開発のきっかけとなった人間味あふれる伝説を持つこと。
- 最先端の素材科学と、その巨体を忘れさせる人間工学的な設計により、究極の堅牢性と驚くほど優れた装着感を両立していること。
これらの事実は、717が単なるスペックの集合体ではなく、歴史の一部であり、揺るぎない哲学の結晶であることを物語っています。
次に腕時計を選ぶとき、あなたはその背景にある「物語」をどれだけ重視しますか?



